TPDN Blog
2020-12-24

COVID-19下における台湾でのミスコミュニケーション - ある日本のゲームが「例の肺炎」の表記で意図しない摩擦を起こした事例

繁体字圏で事業を展開している日本のモバイルゲーム事業者が、「例の肺炎」をあらわす表現でミスをして炎上した

KEY POINTS
  • 繁体字版アプリを公開している日本のあるモバイルゲーム運営が、全く悪気なく無神経な表現を使用してしまった
  • ユーザーからの良くない表現であるという指摘を受けて訂正した結果、炎上が起こった
  • 国家・勢力間の対立について理解したうえでコミュニケーションをとることが我々には求められている

ここ最近、(日本から見た)海外でのコミュニケーションで口を滑らせて、不用意な摩擦が生まれる例が散見される。

そして、実を言うと私の周りでも類似した問題があった。 この問題はしばらく前(2020年の春)にあった問題である。 今後の教訓となるよう記録に残す。

もし感想があればTwitterやFacebookなどで言及してくれると私は嬉しい。

Disclaimer

  • 私(この記事を書いたtpdnと名乗る人物)は完全なる第三者であるとは言いがたい立場である
  • ここに書かれていることは必ずしも正しいことを保証しない
  • 私の意見は所属している/していた組織とは一切関係がなく、純粋な私個人の意見である
  • 一部を意図的にあいまいにしている

用語集

あくまでもこの記事における定義であり、一般的な用語であるとは限らない。

用語

繁体字圏

  • ズバリほとんど台湾である(もちろん間違っている)
  • 台湾が圧倒的に強力な市場と影響力を持っているので、ビジネス上台湾が注目を集める
  • 一般的には台湾・香港・マカオであると認識されている

漢字文化圏

  • 台湾、中共、日本、韓国、朝鮮など、とにかく何らかの形で漢字を使っているエリアくらいの意味合いで使っている

台湾&中共

  • 中華民国(ROC)と中華人民共和国(PRC)を指す略称である
  • 2つの中国をどうしても明確に区別する必要があるため、わざわざこのような表記を使用している
  • 何らかの批判的な意図は一切ない

日本人

  • ここではEthnicityもNationも日本である人間を指している
  • 大多数の日本国民と考えてよい

「例の肺炎」

  • 新型コロナウイルスが原因で起こる病気のことを指している
  • これが後に大問題を引き起こすのである

「例の肺炎」の表記

COVID-19

  • WHOが定めた表記
  • Coronavirus Disease 2019の省略形
  • 世界的にもっとも使用される機会の多い表記である

新型コロナウイルス感染症、新型コロナウイルス肺炎

  • 日本で一般的に使われる表記

2019冠状病毒病、新型冠状病毒肺炎、新冠肺炎

  • WHOが定めた中国語の表記
  • 意味は日本語表記と全く同じ(たぶん日本語表記が中国語表記から作られている)
  • 簡体字でも繁体字でも使われる

嚴重特殊傳染性肺炎

  • 台湾で使用される正式表記
  • 台湾で外国人向け(当然ながら台湾から見た外国人)に配布されている資料はだいたいこれとCOVID-19を使っている気がする

武漢肺炎

  • (2020年現在において)台湾で広く使われる慣用表記
  • 今回の事例で問題を引き起こした表記

「武漢肺炎」について

多くの漢字文化圏で通用する慣用表記である。しかしながら、2020年12月現在は台湾を除き忌避されている。

かつては漢字文化圏で広く使われていた。武漢のある中共はもちろん、日本でも韓国でも使用される例があった。 しかしWHOが表記を決めた時期から一部を除き使われなくなった。

一方で台湾では使われる機会が他国に比べて比較的多めである。(2020年12月現在)

武漢肺炎という表記は台湾のトップである総統だって、かつては堂々と使っていた。 ちなみに今は自重したのか総統は武漢肺炎と言うことを避けているように見える。

とはいえ、2020年12月現在においても台湾で使われており、見ての通り政府機関だって使っている。 だがこの記事を書いている際、いつの間にか台湾CDCの感染状況地図から武漢肺炎表記が消えていた。政府機関もさすがに自重するようになったのだろうか。

https://www.cdc.gov.tw/

↓かつての台湾CDCの感染状況地図はこんな感じだった

とにかく武漢に対するネガティブな印象を与える表記であり、当然ながら中共は非常に嫌がっている。 最近だとこんな問題も起こっている。(ウイルス検査証に武漢肺炎表記があったら無条件で拒否)

この表記をWHOは全く推奨していない。理由は言うまでもない。この表記を避けるのは当然だろう。 ではもし中共と深刻な対立がある場合どうなるだろうか?台湾はそもそもWHOに加入していないから…?

何が起こったのか?

例の肺炎が原因のイベント中止ラッシュ

2020年春は例の肺炎が大流行し始めていた。ロックダウンや外出自粛などが行われ、全世界の様々な業界であらゆる行事が中止された。

自分の知るゲーム関連の東アジアのビッグイベントだと、TGS(Taipei Game Showなのでもちろん東京ではない)が延期からの中止になった件がデカイだろうか。

https://tgs.tca.org.tw/news.php?a=1&b=2b_e&n=e069ea4c9c233d36ff9c7f329bc08ff1

Taipei Game Show

イベント中止告知

モバイルゲーム業界も例外ではない。Taipei Game Showと同様に、現実に干渉するようなイベントが全部できなくなった。

イベントを中止するためには「『例の肺炎』が蔓延しているため、イベントを中止します」というお知らせを出す必要がある。

そこで繁体字圏に展開している、ある日本のモバイルゲーム事業者が台湾でのイベント中止を告知する際に「武漢肺炎のために~を中止します」という文体で告知を行った。

「武漢肺炎」という表記は少し引っかかるところがあるが、台湾政府が公式ウェブページで使っている表記なので多分正しいという判断が行われたのだろう。当時はじゃんじゃん「武漢肺炎」表記が使用されていた時期でもある。

前述の通り、国のトップである中華民国総統だって使っていた表記である。 今現在はともかく、当時は総統が普通に「武漢肺炎」を使っていた。これが正しいと思ってしまうのも無理はない。 そのため全く悪気無くこの表記を使用してしまったのだ。

ユーザーからの指摘と訂正

すると「武漢肺炎!?この表記は良くないのでは?」というコメントや問い合わせが寄せられた。(一方で「GJ!中国武漢肺炎!」「今後も課金するぜ!」という感じのコメントをするユーザーもいた)

指摘はごもっともである。武漢に対するネガティブな印象を与える表記なのでそういう反応をするユーザーが居ても全くおかしくない。

そのため、この指摘を受けて公開済みお知らせ文の「武漢肺炎」を「嚴重特殊傳染性肺炎」に置き換える編集を行った。

そして炎上へ・・・

発表済みのお知らせ文を訂正した結果

  • 密かに名前変えたな…
  • 何で変えちゃったの?武漢肺炎に戻して
  • (武漢肺炎という表記を使用したので)せっかく褒めたのに、失望したぞ!
  • 中共の当局に何か指摘されたからって、諦めるの早すぎだろ。なんですぐに跪くんだ?
    • もちろん実際には何の指摘もされていない
  • 口語で広く使われてる表現なのにダメなの?

という感じのコメントが大量にされるようになった。プチ炎上と言って良いだろう。

モバイルゲームのユーザーは、多くが10代~30代の若くて多感な人間である。ゆえに細かい動きにもすぐ反応してくれる。

さらに運の悪いことに、2020年春ごろは中共当局の決めた追悼の日のためにゲームを止めるとか、ウェブページを白黒にするとかで揉めに揉めまくっていた時期である。

誤解を生むだけの状況が十分すぎるくらいに整っていたのだ。

本来はどうすればよかったのか

以下が本当に正しいのかは全く保証できない。 しかし自分の周りで話された意見をまとめると、こんな感じであった。

最善を尽くすなら

何の病気が原因かどうかは重要ではない。要は「伝染病の蔓延のため」が伝われば良い。

COVID-19すら言う必要無い。どうせ「China Originated Virus In December-2019の略だな」みたいな冗談を言う奴がいて自然発火する。

中国語でいうなら単に(何もつけずに)「疫情」とでも記せばよいのだ。 そして今の時期に疫情と言えば何も言わなくても勝手にCOVID-19を連想してくれるだろう。

英語でも"due to the current situation"という言い回しを説明なしに使うことがあるが、それと同じである。

実際、同時期に模範的対応を行ったFGO繁中版は燃えていないように見える。

失敗した場合はどうする?(すでに武漢肺炎のような炎上の火種となる表現を使用してしまった場合は?)

前述のとおり、一度公開済みの文章に後から変更を加えるとユーザーに無用な疑念を抱かせてしまう。

自分の周辺では「既存のお知らせは一切訂正せず放置し、以後のお知らせでは無難な表記を使い続ける」というのが一つの良策ではないかと言われていた。

何も手を加えず放置すれば、時間がたてば忘れてくれる。またsocial mediaの性質上時間がたつと流れて表示されにくくなる。

もちろんただ放置すればよいというだけでない。ちゃんとコミュニケーションを行い、ユーザーを味方に付けていることが前提であるのは言うまでもない。

一度やってしまった失敗は仕方ないが、そのあとでうまく動けばよい方向に持っていけたのかもしれない。

なぜ意図しない摩擦を起こしてしまったのか、何を考えるべきか

私が思うに、複数勢力の対立を理解できていないのが原因だと思っている。いわゆる平和ボケである。

日本の事情

日本の事情はこんな感じだろう。民族・体制間の対立はあるが深刻ではないのだ。

  • 日本はほぼ単一民族国家
    • 民族バランスは日本人が圧倒的多数(一説によると97.8%)を占めている
    • 良し悪しはあるだろうが、複数勢力に分かれて対立しようにも数のパワーで押しつぶされるので変な対立は起こりにくい構造である
  • 全体的に国民性は穏やかである
  • 近年は戦争らしい戦争をしていない
    • 近隣諸国と対立することはあるが、遺憾の意でどうにかなる程度
  • 日本語を使っている地域は、実質日本だけである

台湾の事情

一方で台湾の事情はこんな感じだろう

  • 台湾政府は当然ながらやる気満々で反中共の方向性である
  • 政府の方向性はともかく、国民は一枚岩ではない
    • アイデンティティを台湾に求める人間が明らかに多いが、一説によると親共派が20%ほど居るとされる。
      • 対立するだけなら20%もいれば十分すぎる
      • もっと言うと、若年層(つまりモバイルゲームを遊ぶ主要な人間)はアイデンティティを台湾に求める人の割合が極めて多いとされる
  • そもそも台湾は国共内戦によって生まれており、中共とは激しく対立している
    • 遺憾の意で済むはずがない
  • この手の問題は想像を超えるレベルで、大変にセンシティブな話題である
    • 日本のドメスティック企業で働いている、中共との関係性が議論される地域出身の人々(つまり一般的な日本人と同程度に普段穏やかな人々)の前であっても、この問題にはなるべく触れないほうが良い
  • 何かと忘れがちであるが、繁体字圏は台湾だけではない
    • social mediaで意見が割れやすいのは必然である

終わりに

いろんな国や地域の事情をきちんと理解したうえで口出しするのは自由である。だが公的な身分や組織で何らかの発言をするのであればよく考えるべきだろう。

日本では政治の話を極力避けようとする風潮がある。しかしながら国際化が進んだ現代ではもはや政治的事情から逃れることはできない。 本当に今更ではあるが、これらを理解して相手とコミュニケーションを取ることが必要である。

類似事例(私個人の失敗)

オチとして私個人の失敗を簡単に紹介する。

なんと恥ずかしいことに、実は私も似たようなことをしたことがあるのだ。

朝鮮(いわゆる北朝鮮・DPRK)国内で英語でKoreaナントカと書かれているものを指して、「これは韓国の~」と言ったら叱られた。理由は言うまでもない。

すぐそこで同じ民族であるとはいえ北と南に分かれて戦争中ということを、知識はあるのに頭で理解していなかったのだった。